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今日は父の命日。
あっと言う間に4年が経った。

いつもいつも、思い出すことと言ったら
父との最後の会話や、
亡くなった時のことや、
お葬式の時のことなど
涙が出てくることばかり。

でも、
時間の経過と共にだんだんと、
悲しいことよりも、楽しかったことを思い出すほうが
多くなってきた。

とにかく父は口が悪かった。

古くなった穀物や野菜を「ひね」というが
なかなか嫁にいかずに歳ばかりとっていく私のことを
父は
「うちのおひね様」(お姫様をもじっている)
と呼んでいた。
「まったく、うちのおひね様は嫁にも行かずに飛び回ってばっかりで
何とかならないもんかね」
がお決まり文句だった。

ちなみにうちの母。
あまりにも多趣味でいつもどこかに出かけている。
いつもフラフラ出歩いているババアと言うことで
父は
「フラバア」
と呼んでいた。
ちなみに母が毎日のように通っていた社交ダンス教室の先生のことは
「教祖さま」
「今日もうちのフラバアは教祖様のところでご信心に励んでいるよ」
がお決まり文句。

そして、私の兄2人のことは「ブー太郎」

時々ブー太郎の家族が遊びに来ると
兄の子供達は大騒ぎ。
とっても賑やかになるのだが、あまりうるさいと
「まったく嫁に似て、うちの孫どもはうるせーなー。」
と兄のお嫁さんの目の前で言う。
もちろんお嫁さんも冗談と分かっているので いや、父は半分本気だったと思う
「いや~ね~、お父さん。うるさいのは私じゃなくてお父さん似ですよ~」
と応酬。
そんなやり取りが定番だった。

5年以上前
私が小さなミーナを連れて里帰りした時に
私の学生の頃の友達がミーナを見に、遊びに来てくれた。
たまたま父がいて、
私の友達が、父に
「お孫さん、もう、かわいくてしょうがないんじゃないですか~?」
と言うと、
父は
「オレは大人の女にしか興味はねえからよ」
なんていうので、
父と初対面だった友達はびっくりしながらも
大笑いしていた。

家の中でも外でも、びっくりするようなことばかり言う父だったが
決して敵を作ることはなかった。
むしろ、
口だけは悪いが、すごく人懐っこくて
困っている人がいると、一生懸命になって助けてあげるような
優しさを持っているので
たくさんの人が父を慕っていた。

でも、実はそういうことに気付いたのは父の葬儀のときだった。

500人近い人が父の葬儀に来てくれたが
父の友人はもちろんのこと
仕事関係の人たちまで、義理ではなく、
本当に父の死を悲しんで、涙してくれた。

本当にたくさんの人たちが、父の死を心から悲しんでくれて
また、父の友人達は生前の父のエピソードを語っては笑っている。
そんな様子を見て、
あ、父は皆に愛された人なんだと気がついた。
そして、そんな父を心から誇りに思った。

人が死んだとき、
たくさんの人がその人の死を悲しみ
そして、同時にたくさんの人がその人の生前の思い出話に花を咲かせながら
泣いたり、笑ったり。。。

こんな素敵な人生の締めくくりがあるんだろうか。。。

言葉はなくとも
最後の最後に、父からは大切なものを教わった気がする。

未だに時々、
胸をかきむしりたくなるほど寂しくなったり
大声で泣き喚きたいほど悲しくなったりするが、
でも
父が見たいのは、私のそんな姿じゃないはず。

私がどれだけ毎日笑って過ごしているか、、、
どれだけ毎日幸せを感じて過ごしているか、、、
それが一番父が見たい私の姿だと知っている。

父が生きている頃は、散々世話をかけ、迷惑をかけた娘だが、
今は
毎日たくさんの笑顔を見せて
天国の父を安心させてあげたい。

そして、いつか私が天国に行って父に会ったとき
たくさんお土産話が出来るように
私の人生を充実させたい。


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2010.02.03 Wed l 思い出 l コメント (28) トラックバック (0) l top