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日本滞在も2週間が過ぎようとしていた週末。

土曜日は
中学の同級生Kちゃん、Hちゃんと
みなとみらいで会うことになった。

Kちゃんは中1の頃からの友達。
Hちゃんにいたっては、
小学校は違うが、
幼稚園、中学、高校が同じ。
しかも、
Hちゃんのお兄さんと私の上の兄が同い年で、
同じ私立の男子校へ通っていた。

桜木町で待ち合わせ、
少し遅れて到着した私。

すぐにKちゃんを見つける。
何年かぶりに会うが、ちっとも変わってなかった。
向こうも私の姿に気付き
こちらに近づいてくる。

そして、Kちゃん
開口一番
「ちょっと!11時の約束でしょ。遅いわよっ!!」

そう、これこれ。
昔からの友達の何でも言い合える気安さ。

こちらも、
「え、遅れてた? まぁ、まぁ
と適当に流し、
みなとみらいの方へ歩き始める。

私はミーナとリサを連れてきて、
Kちゃんも小学生の二人の子供を連れてきた。
そして、
途中から合流したHちゃん。
彼女は子供がいないので、
犬を連れてきた。

P1000610.jpg

なんと、パグ犬7匹。

土曜日で人出の多いみなとみらいで
パグ犬を7匹つれたHちゃん、
目立つ、目立つ。

何人もの人に、
写真を撮らせてください!と頼まれていた。

ほとんどが
「かわいー!!」
と言って近寄ってくるが、
人によっては
「よく7匹も飼えるわね~」
とか
「えさ代は大丈夫なの?」
と余計なお世話を言ってくる人もいる。
また、
ブリーダーと勘違いして
「一匹いくらですか?」
と聞かれたりするらしい。

「こんなに注目浴びて、どんな気分?」
と興味津々でHちゃんに尋ねると、

「別に、、、」
と無愛想な返事が返ってきた。

そう、
Hちゃんのチャームポイントは
この無愛想さ。

「でもさ、この間、誰か知らない人のブログに
’機嫌の悪そうなオバサンが、かわいいパグ犬を7匹も連れてあるいてました’
 って書いて、私とこの子たちの写真が載ってたんだよね。。。」
とHちゃん。

大笑いしながらも妙に納得してしまった。

横浜周辺のブロガーの皆さん。
パグ犬7匹連れた女性を見かけ、ブログネタにする時には要注意!!
本人も読んでいるかもしれないので、
せめて、、、

「オバサン」ではなく
「オネエサン」と書きましょう!!

機嫌の悪そうな、、、ってのはもう、しょうがないでしょ。。。本当の事だし

さて、
みなとみらいといえば、観覧車。
節電のため動いてなかった観覧車も
ゴールデンウィークの週末ということで
動いていた。

乗る。

P1000607.jpg

ミーナは少し怖がっていたが、
それでも、この大都会の景色を興味深げに見ていた。

降りてから、こんなのにも乗る。

P1000608.jpg

この間、KちゃんとHちゃんは別の場所で待っていてくれたので
もっと乗りたがる子供達を説得し、
再び合流する。

この後は、ブラブラと赤レンガのほうまで散歩し、
アイスクリームを食べたり、
犬と戯れたりしながら、
あっという間に時間が過ぎた。

この日は来客の予定があったので、
急いで帰らなければならなかった。

再会の喜びもつかの間、
また次の再会の約束を交わし、
別れを告げる。

頻繁に連絡を取り合う仲間ではないが、
こうして細く長く続く関係もすごくいい。
めったに会わない分、
別れるのが名残惜しかった。

さて、
急いで実家に帰ると
お客様はすでに来ていた。

そのお客様は
私の小学校1,2年の時の担任の先生。

そう、
ミーナの体験入学の際に
母校の校長先生に話をつけてくれ、お世話になった先生。

私の帰省を知って、
駆けつけてきてくれた。

私の担任だった頃はまだ30代前半で、若々しく、
いつもギターを持って歌っていた。
冗談を言っては
私達を笑わせていたし、
私が喘息で入院した時は
クラスメートから集めた手紙を持って
お見舞いにも来てくれた。
私が授業中うるさくて
怒鳴られた事も、叩かれたこともたくさんあったが、
それでも
私の中では「良い先生」という印象で残っていた。

そして、
母が親交を保っていてくれたおかげで、
約30年経った今、
自分の娘の事で世話になり、
また、再会する事ができた。

30年の時を経て、
歳もとり、
教育現場での地位を築いた威厳も貫禄も備わっていたが、
教育について熱く語る姿は
私の記憶にある、30年前の担任の先生のままだった。

オーストラリアの教育、
今の日本の教育、
日本語の勉強の仕方、
そして、
最近見た映画の話から
私の子育て相談まで、
話は尽きる事がなかった。

あっという間に時間が過ぎ、
「また帰省したら、連絡くださいよ。会いに来ますから!」
と言って
帰っていった。

今日は
嬉しい再会尽くしの日。

オーストラリアにいると
何一つ自分の子供時代を思い起こさせるものがない分、
こうして日本に帰り、
懐かしい場所で、懐かしい人たちに再会すると
自分のルーツはここなんだと
改めて実感する。

そして、
当時はまったく考えなかったけど、
こうしてみると
私はずっと、素晴らしい家族にも、先生にも、友達にも
恵まれていたんだと、
幸せな気持ちになった。

ところで、
今日は
世界が注目する幸せカップルが誕生した日でもあった。

そう、
英国のウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式。

ウィリアム王子の頭、ヤバイよね?

テレビ中継をかじりつくように見ていたのは
ミーナだった。

「これ、本物のプリンセスなの? きれい~~!!!」
「どうやったら、プリンセスになれるの?」
「ミーナちゃんもプリンセスになれる?」

と興味シンシン。

そして、
着替え始めた。

P1000628.jpg

ミーナなりにプリンセスになったつもりのようだ。。。

リサはミーナの真似をしただけ。


↓ミーナもリサも、私にとっては可愛いプリンセス! うるさいけど
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2011.05.24 Tue l l コメント (12) トラックバック (0) l top
今回の日本滞在中に
ぜひ温泉に行きたいと考えていた。

希望は大きなお風呂、もちろん露天風呂があり、
そして
和室、
食事は部屋食。

と考えてはいたものの、
日本についてからは、何かとバタバタしてたし、
リサの愚図りが心配だったので、
予約もせずのんびりとしていたら、
私の兄と母で
宿を探し、
そして、予約もしてくれた。

母に同行してもらい
四人で箱根へ出発。

箱根湯本の宿に荷物を置いて
そのまま元箱根まで足を伸ばす。

元箱根に着いたところでちょうど昼食時。

フェリー乗り場前にこんなお店を発見。

images[2] (2)

テレビでも紹介されたことのあるらしい「明か蔵」
ここのせいろ蒸しが有名だそうで、
さっそく食してみる。

images[2]

その名の通り、肉や野菜が蒸してあって、
ボリュームたっぷりなのだが、
さっぱりとしてて、結構食べれてしまう。
とってもおいしかった。

腹ごしらえした後は芦ノ湖遊覧船で桃源台へ。

この日は天気がイマイチで強風が吹き荒れ、
海賊船のほうは欠航だったが、
西武グループのほうの遊覧船はかろうじて動いている状態だった。

P1000580.jpg

初めて船に乗る子供達は大興奮。

そして
桃源台からロープウェー。
これも、強風にも関わらずなんとか動いてくれていた。

ただ、
これ以上風が強くなるとロープウェーをストップして
バスで下りてきてもらうことになると言われた。

それも困るが、
それにしても
この強風でも運行できるロープウェーってすごいな、、、
と感心してしまった。

P1000586.jpg

これまた初めてのロープウェーに
子供達も大興奮。

無事、大涌谷に到着し、
ここでロープウェーの乗り換えになるのだが、
せっかくだから、
外をすこし散策して、黒卵でも食べてみようと
外に出たとたん、、、

危うくリサが強風で吹き飛ばされそうになった。

恐怖のため悲鳴を上げるリサ。

急いで建物の中に入る。

そして、、、

P1000590.jpg

恐怖は去ったようだった。

っていうか、
こんな山のてっぺんにこんな遊戯場があるとは、、、

結局黒卵も食することなく、
次のロープウェーにのり
目指すは早雲山。

相変わらず、
強風が吹き荒れ、とくに大涌谷は山のてっぺんなので風が強く、
今にもロープウェーが落ちそうなほど
揺らされた。

でも、
今ロープウェーが落ちてしまうと、、、

P1000594.jpg

下はこんな状態。

知らず知らずのうちに、おしりの穴がキュッとしまる。

下手な絶叫マシンより怖かった。

無事早雲山に到着し、
ケーブルカーに乗り継ぎ、
強羅へ。

ここから、
のんびり登山列車に乗って
宿のある箱根湯本に向かう。

そろそろ疲れが出てきたらしく
だらける子供達。

P1000597.jpg

思ったより長かった登山電車も
ようやく箱根湯本に到着し、
降りてからは、徒歩で宿へ向かう。

途中アイスクリームを食べながら

P1000598.jpg

駅から徒歩5分で宿に到着。


「ホテル河鹿荘」
images[9] 写真はグーグルより拝借


川沿いの和室。
P1000602.jpg

そして、
浴衣に着替えた子供達

P1000603.jpg

そして夕食前にひとっぷろ。

温泉が初めてのミーナは
恥ずかしがってなかなか服を脱ぎたがらなかったが、
ひとたび服を脱ぎ
中の広いお風呂をみるなり大はしゃぎ。

私もはしゃぎたいくらいだ。

spa_p04[1]

spa_p06[1]
写真は両方とも河鹿荘のホームページより

子供がいるので
なかなかのんびりとは入れないが
それでも
温泉は気持ちいい!!

約10年ぶりの温泉。。。
この10年間の疲れがスーッと抜けていくような気分だった。

部屋に戻ると
食事が運ばれていた。

写真を撮るのを忘れてしまったが、
念願の
畳の部屋で食べる和食のコース。

存分に満喫した。

と言いたいところだが、
リサの愚図りが酷くて
食べた気がちっともしなかった。
写真を撮る余裕もなかったし、
結果的に何を食べたのかもほとんど記憶が無い。

日本に来てからの疲れが出たのか、
前日に私が部屋の大掃除をしたのがいけなかったのか、
この日からリサは咳が出始め、
実はこの日は朝からずっと
愚図りっぱなしだったのだ。

食事を終え、
もう一度みんなでお風呂に入りに行った後、
ようやく子供達が寝た。

部屋の冷蔵庫からビールをとりだし、
母と乾杯をして
ようやく一息つく。

「なんか、癒しの旅どころか苦行の旅だよね。。。」

そして、
かわりばんこに
もう一度一人でお風呂に入りに行く。

大きなお風呂で手足を伸ばしリラックス。

部屋に戻り、長い一日が終わった。

翌朝、
朝食を部屋でとり、
最後にもう一度温泉に入りに行く。

仕度をすませ、
チェックアウトをした後、
買い物をしながら
湯元の町をブラブラ。

ここでもリサの愚図りにうんざりしながらも、
せっかく来たんだから
ということで

母の提案で、
箱根おもちゃ博物館へ行ってみることにした。

北原ミュージアムと呼ばれているそうで
北原照久さんという方が、40年以上にもわたって集めた
明治、大正、昭和に作られたおもちゃのコレクション。

images[8]

top_image3[1]
写真は両方とも北原ミュージアムのホームページより

最初は興味がなかったのだが、
見始めるとすごくおもしろい。

母が懐かしがったブリキのオモチャや
ミーナが喜ぶバービー人形まで
大人も子供を大いに楽しめる。

昔兄達が遊んでいた
サンダーバードのジョウロもあったし、
私が遊んでいた昭和の頃のリカチャン人形(現在と顔が違う!)もあって
嬉しくなった。

とにかくコレクションの数が半端でなく
時間があれば
もっともっとゆっくり見ていたいところだ。

博物館を後にして
駅までの送迎バスを待つ。

P1000605.jpg

小田原からは
東海道線のグリーン車でお弁当を食べながら
のんびりと帰ってきた。

2階建ての電車を初めて経験したミーナは大興奮。

昨日からたくさんの初めてを経験し、
存分に楽しんでくれたミーナ。
ますます日本が大好きになったようだった。

一方、
二日間、これ以上ないくらい愚図りまくってくれたリサ。
今後に期待しよう。。。(涙)

でも、
一番かわいそうだったのは、
宿代など全て負担してくれたのに
苦行の旅に巻き込んでしまった母だ。

いやはや、なんとも申し訳ない


↓終わってみれば、全てが良い思い出!
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2011.05.22 Sun l l コメント (16) トラックバック (0) l top
ミーナにとってのビッグイベントだった
3日間の小学校体験入学も終わり、
翌日の土曜日は
私の短大時代の友人、Mちゃんのおうちにお邪魔する事に。

Mちゃんは去年第一子を出産したので
ベイビーとの対面を楽しみにしていた。

ミーナとリサも
大喜び

P1000520.jpg

いつまでも赤ちゃんのように思っていたりサも
1歳児と並ぶとお姉ちゃんぽい

P1000521.jpg

Mちゃんとは短大で同じクラスで
その後の就職先も同じだった。
今回多忙のため残念ながら会えなかったもう一人の友人と3人組で
よく温泉に行ったり、海外旅行に行ったり、
合コンへ出かけていったりと
色々な若かりし頃の思い出を共有する仲間。

当時は恋愛話ばかりが話題の中心だった私達も
久々に再会してみれば
子育ての話に花が咲く。

こうして時間も環境も越えて続く友情は、宝物だ。

ずっと若々しくいようね!
とお互いに誓い合い(?)
Mちゃん宅を後にした。


翌、日曜日は
埼玉に住むおばの家へ。

P1000522.jpg

たくさんのご馳走と
子供達へお菓子や小物類色々のプレゼントを用意して
待っていてくれた。

母が横浜へ嫁ぐまで住んでいたこの家。

建て増しや改装など所々しているものの、
相当古い建物だが、
そんな建物でも、
叔母の管理が行き届いているせいか、
昔ながらの日本建築の素晴らしさか、
地盤のよさか、
大地震でも亀裂一つ入らず、
家の中の置物なども一つも倒れていなかったらしい。

そんな素晴らしい家でも
叔母には大きな悩みがある。
それは
どこかの隙間からアライグマが侵入してしまい、
屋根裏に住み着いてしまったようだ。

動物が大の苦手の叔母には
最高の脅威。

うるさくすれば、逃げ出すかもということで、
ここで
ミーナとリサが大活躍。

家中を駆け回り
大声で奇声を発し、
アライグマが逃げる前に、家が倒れるんじゃないかと思うほどの大騒ぎ。

叔母も
「いいわよ~、いいわよ~、その調子~~~!!!」
と、
しまいには、アライグマ退治のために手に入れた
オモチャの笛を持ち出し、
叔母の吹く笛にあわせ、
さらに子供達も大暴れ。

きっと近所の人たちは
「ここの奥さん、アライグマ騒ぎでとうとう気が狂ったのね・・・・」
と思うだろう。
でも
通常は嫌がられる子供達の騒音も
思わぬところで役立てて、
私も子供達も大いに満足だった。

結果的に
アライグマは逃げ出さなかったようだが

さて、
大暴れした翌日、月曜日は
静かにお墓参り。

父やご先祖様に、久々の帰国を報告。

考えてみたら
私はここのお墓に入れない。
入ったところで、
女しか産まれていない我が一族。
100年もすれば
無縁仏になってしまうのだろうか。。。
そんな事を危惧しながら
墓地を後にし、
衣服に染み付いた線香の匂いをプンプンさせ
この後向かったのは

みなとみらいのアンパンマンミュージアム
images[3]

入場料、子供も大人も一人1000円、
しかも退場後は同日でも再入場不可という
高くて融通の利かない料金にびっくり。

この日は平日なので
ミーナやリサの年齢は通常、学校なり幼稚園なり行っている時間帯。
なので
中に入ると
1歳から2歳くらいの子がたくさんいた。

館内を大興奮で駆けずり回る
でかいミーナとリサは
小さい子たちにとって
さぞかし脅威だっただろう。

中の様子を一挙公開

P1000528.jpg


P1000538.jpg

P1000530.jpg

P1000553.jpg

P1000562.jpg

超楽しそう~!!

ミュージアムを出てからは
隣接するアンパンマンとコラボの不二家レストランでランチ。

お子様ランチは
全部
アンパンマンの食器。
紙のエプロンもアンパンマンの絵が描いてあるものだった。

P1000566.jpg
ミュージアムの滑り台で少々乱暴だったミーナを怒ったため、不機嫌。。。

食べた後は
ミュージアム前にあるショッピングモールをブラブラ

そして、
パンを買った。

P1000568.jpg

子供達のチョイスで
メロンパンナちゃん、クリームパンダ、アカチャンマン。

かぶりつくリサ

P1000570.jpg

ちなみに、このドキンちゃんの髪留めは
アンパンマンミュージアムで
一緒にいた母が買ってくれたもの。

で、
肝心のお味はというと

・・・・・

だったようだ。

食べるより、見て楽しむパンなのね。

子供達は特別アンパンマンの大ファンなわけではないが、
このミュージアムは相当楽しかったらしく、
オーストラリアに帰ってきた今でも

「アンパンマンミュージアムに行きたい!」

と言っている。

日本には
楽しいアトラクションがいっぱいだ。


↓盛りだくさんの毎日が楽しい~!!
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2011.05.20 Fri l l コメント (12) トラックバック (0) l top
さて、
初めての日本の小学校を体験したミーナ。
そして、
初めて母親として日本の小学校を体験した私。

今回は日本の小学校の感想を述べたいと思う。

朝の通学路では
ボランティアの人たちがところどころに立っていて
安全に通学できるように
見守ってくれている事にもびっくりしたが、
校門のところに
校長先生が立っていて
生徒一人ひとりに「おはよう!」
と声をかけているのにもびっくりした。

私が小学校のころは
校長先生なんて
全校集会とか特別な行事のときしか姿を見なかったと思う。

ずいぶん、生徒との距離が縮まったんだなと感心した。

そして、
入り口の下駄箱で、靴を履きかえるという行為にミーナは戸惑っていた。
オーストラリアでは
もちろん土足のまま外も教室のなかでも過ごす。

あとミーナが戸惑ったのは
体育の時間。
一応、体操着も用意して持たせてあったのだが、
オーストラリアの学校では
体育の時間に体操着に着替えるなんて事はしない。
制服のまま体操をする。
なので、
クラスで着替えるという事にどうしても抵抗があったようで、
結局
体育は見学ということにしたらしい。
ミーナは人一倍恥ずかしがりやなので
まぁ、しょうがないかと納得。

初日の朝はたまたま
1年生から3年生までの集会が講堂であった。
担任の先生に
「お母様もよかったら見ていらしてくださいね」
といわれたので、
何十年も前に卒業式をした講堂へ足を運ぶ事に。

う~ん、懐かしい。。。

この日の集会は
図書室の使い方の説明だった。

よく見ると、先生達も若い。
ミーナの担任の先生は見るからにベテランといった
女性の先生だったが、
講堂に来て他の先生達を見てみると
ほとんどが私より年下くらいの先生だった。

若くて可愛らしいオネエちゃん先生が
一生懸命パワーポイントを使って
図書室の説明をする。

私達のころは手書きのスライドだったが
この辺が時代を感じる。

低学年相手だから
すぐ話も終わるものと思ったら
かなり長い。

最初のうちは静かに聞いていた生徒たちも
だんだん落ち着きがなくなり
ざわざわし始め
落ち着きがなくなる。

中には立ち上がって歩き回る子まで出てきたが、
ここで私がびっくりしたのは
そういった生徒を先生は
自分の膝に乗せて一緒に座ってあげていたのだった。

私のイメージではこういった場合
「こらっ!何してんだー」と怒られるか
パーンと頭をはたいて
「座ってろ!」と言われるか
そういった感じで
まさか
先生が膝に乗せて一緒に座るなんて考えもつかなかった。

そして、長い話がようやく終わった頃
オネエちゃん先生が

「みなさん、静かに話を聞いてくれてどうもありがとう。
先生はとっても嬉しかったです!」

なんていうではないか!?

えっ、
先生が「聞いてくれてありがとう」ってどういうこと!?
生徒が先生の話を聞いて
当たり前なんじゃないの!?

もう先生の威厳もへったくれもあったものじゃない。

でも、
自分の時代と違うから間違っているとは判断できない。
こういう時代の流れなんだと強引に受け入れながらも
驚きは隠せなかった。

この後私は学校を後にして
また
下校時にミーナを迎えに来た。

3年生以下は集団下校をするらしく、
地区ごとに細かくグループが分けられ、
ボランティアの保護者と共に
家の近くまで一緒に帰るらしい。

私のころは1年生だけだった記憶があるが
今では低学年ということになっているようだ。

それにしても、
子供達を地区ごとに分ける作業は先生の仕事。
ボランティアの人と一緒になって
生徒を振り分けたり、人数を確認したり
大変な作業だ。

オーストラリアの学校では
3時になり、教室から生徒が出たら、もう仕事は終わり。
その後生徒がプレイグランドで遊んで怪我しても
先生の責任は一切なし。

なんか、、、
日本の学校は至れり尽くせりだな。
そんな感じがした。

そして、最終日になり
担任と校長先生にお礼の挨拶をし、
給食代を支払ってまたびっくり。

給食代が一日232円。

今時どこの定食屋で232円でお腹一杯食べれるだろう。

しかもちゃんと栄養バランスを考えてくれた食事。

時々給食費を収めない輩がいると聞くが
こんなに安く、自分の子供に栄養バランスを考えたご飯を食べさせてもらって
それで支払いをしないって
いったいどういう了見なのか不思議に思う。

そんなわけで、
至れり尽くせりの小学校。

ミーナも楽しくないわけがない。

最終日には先生から折り紙の駒をもらって、
大事そうにずっと抱えていた。

「オーストラリアの学校より、日本の学校のほうがずっと好き!!」

今でもこんな事を言うミーナ。

日本では
大人が一丸となって努力して子供を守っている。
子供をすごく大事にしている。

「子供様」
そんな感じがした。

そして
先生をはじめとした大人たちが並々ならぬ努力をしている割りに、
子供達はそういう部分がまったく見えず、
この状態を当たり前のように享受する姿に
大人と子供の果てしない距離を感じた。

子供にとっては天国だが
大人にとってはストレスだなコリャ。。。

日本とオーストラリア。

どっちがいいかは私には分からない。

以前
ミーナが学校でサンドウィッチを踏みつけられ
ランチが食べれなかった事件があったが、
結局先生には
「すぐに先生に言わない自分が悪い」
と言われたように、
オーストラリアは
小さい頃から自己責任を身につけさせられる。
まだ小さいからといって、
大人たちが全力で守ってくれる日本とは違いシビアな世界だ。

でも、
ミーナの性格的には
きっと日本のほうがあうんだろうなと思う。
なので、
これからは、少なくとも年に一度は帰国して
日本の小学校をたくさん体験させてあげたい。

3日で日本語も飛躍的に上達したミーナ。
初めての日本の小学校体験入学は
大成功のうちに終わった。


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2011.05.18 Wed l l コメント (14) トラックバック (0) l top
さて、
日本滞在の3日目。

みなとみらいへ散歩しに行った。

私が幼い頃の桜木町の面影もなく
変わり果てたみなとみらい。
もうこうなると、
地元という感覚はない。

だいたい、
今現在の桜木町駅前のバスロータリーあたりは
私が通っていた小学校の校舎建替えのとき、
仮校舎として、
プレハブの建物が立っていた場所。
よく、
授業中プレハブ校舎の窓から、海を眺めてボーっとしていたっけ。
その海は
今、ランドマークタワーやクイーンズスクエアなどになっている。

ここ数年、
帰国するたびに新しい建物が建っているみなとみらい。
今回も足を運んでみたら、
4年前には空き地だった場所に
TOCみなとみらい
という建物が建っているではないか!

中に入って、ゆっくりお店を見てまわろうとしたが、
子供達がエスカレーターを珍しがって、 どこの田舎モンだ!?
下から上までエスカレーターで
上ったり下ったり。
1階から5階まで2往復させられ、
ある意味満喫した。

その後ランドマークタワーのほうに向かい
記念撮影。
P1000499.jpg

ランドマークタワーでも
エスカレーターを上ったり下ったりして遊んでいたが、
途中で
母と待ち合わせをして
ランチをする事に。

憧れだった
トロトロ卵のオムライス。
P1000500.jpg 見た目がちょっと・・・

リサは初めてのお子様ランチに大喜び
P1000501.jpg

結局、
ゆっくりお店を見てまわるというよりは
エスカレーターの上り下りで終わってしまったみなとみらい。

まぁいいや。
また滞在中に来る機会があるだろう。

翌日は
横浜の高島屋でお買い物。
母が子供達に洋服を買ってくれた。

そして
その洋服、翌日、学校に着ていくと
ミーナは大喜び。

学校、、、
そう
なんと
ミーナが私の母校に行ける事になったのだ。

以前ブログに
母校に短期体験入学をお願いしたら断られたと書いたが、(こちら
その後、
私の母が、私の小学校1,2年の時の担任の先生に
連絡を取ってくれた。

その、もと担任のT先生とは
母が未だにT先生を囲む会などを
もと同級生のお母さん達と開いており、
未だに交流が続いていた。

そして、
T先生は別の学校で校長先生になり、
今では幼稚園の園長先生になったりと
教育の現場での地位を築いてきた人だった。

T先生は、母から連絡を受けると
すぐに私の母校の校長先生と話をつけてくれ、
そして、
なんと3日間だけ体験入学OKという許可がおりたのだった。
裏の力人脈ってすごい・・・

そんなわけで、

じゃ~ん

P1000508.jpg

憧れだった
日本の小学生スタイル。

ランドセルに給食袋をぶら下げ、
上履きを入れた靴袋を持つ。

ちなみに
このランドセルや給食袋、
そして、
ふで箱やエンピツまで
母のペン習字の生徒で、義姉の友人のHさんが
自分の子供が使っていたものを全て譲ってくれた。

Hさん、本当にありがとう!!

ランドセルを背負ったミーナが
私が何年も昔、ずっと通っていた同じ道を通り
私の母校へ行く。

これほど感慨深いものはない。

学校へ到着する。
この学校へ入るのは、卒業以来。

先にも書いたが、
この校舎は私が在校中に建替えられた。
6年生だったので、
最後の半年くらいしか、新校舎で過ごすことはできなかったが
私の中のこの校舎は
新しくてピッカピカのイメージのままだった。

入ってみてびっくり。。。

昔のままの下駄箱がさびだらけ。
真っ白だった壁は黒ずみ、
当時珍しかったカーペット敷きの床。
フカフカだったカーペットも擦れてボロボロ。

30年近く経ってるんだからしょうがないか。。。

時の流れの速さをイヤというほど感じた。

さて
極度の緊張で迎えたミーナの第一日目。

教室に入るなり
ミーナの周りの生徒達が群がった。
注目を集めれば集めるほど固く口を閉じてしまうシャイなミーナ。

「起立」と「着席」の意味さえ分からず
呆然としていたミーナ。

でも、
全校集会のために教室から講堂に移動する時には
さっそく、ある女の子が
ミーナの手をつないで一緒に歩いてくれた。

楽しい3日間を送れますように!!
いや、
絶対に楽しいはず!!

そう確信しながら
ミーナを置いて
母校を後にした。

お迎え時
P1000513.jpg



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2011.05.15 Sun l l コメント (20) トラックバック (0) l top